こんにちは
ヒレカツです。シルバーウイークに長崎県の五島列島に行ってきました。
佐世保
佐世保駅

旅の始まりは羽田→福岡空港から、終電の特急で佐世保駅までやってきた。今回の目的地は長崎県の離島、五島列島の宇久島と中通島。佐世保からは様々な船便がでているため前泊ということで。
…と思いきや、初日にして旅程が完全に崩壊しました。9/20は佐世保→宇久島のジェット船と島での宿を予約していたがまさかの欠航。連休中もあり佐世保駅付近のホテルもどこも空いておらず、最悪野宿も覚悟した。ただ奇跡的に2日目以降に行く中通島で空いているゲストハウスを発見、即座に予約し何とか宿なしだけは回避できた。
ハンバーガーショップ ヒカリ




とりあえず中通島行きのフェリーが来るまで5時間近く時間をつぶす。佐世保港の目の前には佐世保バーガー屋さんがあったので早速入店。看板メニューのスペシャルバーガー、顎が外れるくらいのデカさでパンチがあった。佐世保バーガーは久々に食べたが相変わらずめちゃくちゃ美味いな。


小雨が降り続いており、結局佐世保港でずっと待機していた。フェリー乗船後は定番の雑魚寝部屋でひたすらダラダラ。
時化の影響もありデカいフェリーでもまあまあ揺れた。これは高速船が欠航になるのも納得。(なお翌日、翌々日も欠航していた模様)
中通島
有川港
3時間程度でついに中通島に上陸!でけークジラのモニュメントがあった。(ほげー!)

路線バスの乗り継ぎが良かったためとりあえず今日の宿へ。どうやら宇久島、小値賀島方面から中通島に来る船が欠航しているようで、宿は3組くらいキャンセルがあったらしい。だから空き室あったのかな、佐世保からはフェリーが運行していて本当に命拾いしました…。
有川エリア
港目の前にはなんとローソンがあった。それもそのはず、ここ中通島は16000人もの島民が住んでおり、五島列島で2番目に栄えている。車もひっきりなしに走っており、これまで行ってきた離島とはけた違いの都会だ。(当社比)


とりあえず商店街という名のシャッター街をぶらついてみる。ちらほら営業している店はあるが、それでも廃墟のような建物が目立つ。離島や地方都市の栄枯盛衰をその身で感じる時が一番営みを感じるんですよねぇ。

(美容室がやたら多いのは何なんだ…?)
陽が落ちてくると海風も相まって少しヒンヤリする。9月なのに過ごしやすいのは良いね。
居酒屋山ちゃん



今日は開いている店がここしかなかったため入店。佐世保バーガーが想像以上に腹にたまっているため軽めにしておこう。そして焼酎壱岐ゴールドが五島列島でも割と飲まれていることに驚いた。

五島名物、五島うどんの地獄炊き。そうめんとうどんの良いとこどりのような食感で、釜玉風とあご出汁の2種類あるのが良い。〆に食べるには最高の料理だった。

2キロほど歩いて宿まで帰る。夜はさすがに暗く、車通りもまばらだった。
翌朝、無料のパンとコーヒーをいただく。サークル集団っぽい学生たちの宴会で正直ほぼ寝れなかった。まあたったの3000円で朝飯と寝床を確保できただけ良しとしますか…。


観光センターで早速自転車をレンタルし、とりあえず島東部を巡ってみる。今頃関東は台風でとんでもない被害を受けているのに、知ったことかと言いたげな絶好の快晴。
有川中心街から離れるにつれて一気に山道へ突入。アップダウンはかなりのものだが、時折見える美しい海の景色で体感それほど疲れなかった。
さすがに道中コンビニや商店などもなく、島感が増してきた。補給を多めに買っておいてよかった。


真っ赤な頭ヶ島大橋を渡り、いよいよ頭ヶ島に上陸。橋上は暴風で頻繁にハンドルを取られるので、自転車で来る場合は注意が必要かと(実践者0人)。それにしてもこの辺りは手つかずの自然と言った感じで海も抜群に綺麗だなぁ。
何だこの青さは…!
頭ヶ島天主堂



世界文化遺産、頭ヶ島天主堂。カトリック教会としては珍しい木造建築で、とても荘厳なモニュメントと石碑もあった。また本来なら予約していなければ内部の見学はできないが、特別に入らせていただいた。
内部には正装で教本を読んでいる方が数人おり、ステンドグラスとシンメトリーな造りがとても綺麗だった。まさにFateに登場する冬木教会そのものといった感じ(なんでもアニメくん)。
ビジターセンター的なところで館長に話を伺ったが、頭ヶ島には現在も信者が10人ほど暮らしているという。冷静にこんなとこにキリシタンが潜伏していたもんだから、人の信仰心ってすごいよなぁ。ヨーロッパ風の建築と島の歴史はまさに日本離れしたような場所で、貴重な時間となった。
五島列島の海はどこから見ても別格すぎるな、素晴らしい。
上五島空港

現在は運航していないが、頭ヶ島の最東部には空港もあった。めちゃくちゃこじんまりとしている。
そしてこうして見るといかに頭ヶ島~中通島の地形が険しいかが分かる。あの山を全部越えてきたのマジで…?
黒崎園地展望所



中通島北部、魚目地区が一望できる展望台で小休止。波風(暴風)も心地よくて気持ちが良い。


出発してから意外とトータル4時間足らずで有川地区まで戻ってきてしまった。そしてドコモショップとマツキヨ、それなりに大きいホームセンターがありさすがに爆笑、もうこれ地元より栄えてんな…。
続いては軽~く山登りにいざ。そして道中猪が突然飛び出してきてビビった。走っていると木陰からガサガサ音がしていたので、野生動物はそれなりにいるのかもしれないね。
城山展望台


標高200メートル以上のヒルクライムを終えめちゃくちゃ疲れた。城山という城跡があり、山奥にしては異質な空気だった。

魚目の集落と有川港方面の街並み。市街地を抜けると一生丘陵が続いている。これでも島のごく一部分でしかないし、入り組んだ島の外周はトータル278.8 kmもあるらしい。
蛤浜海水浴場

城山からの爽快なダウンヒルを終え、島随一のビーチにやってきた。漂着物がまあまああったが、波風(暴風)が心地よい。
島でやることがなくなったら、『これ』をして時間をつぶしてください!
鯨見山展望台




最後は有川港周辺を一望できる展望台に来た。壮大な景色を見すぎて目が肥えてしまったせいか、ここは70点といったところかな。結局頭ヶ島天主堂以外、観光客とは誰一人遭遇しなかった。
潦り茶屋 し喜


島内を走り回って疲労困憊、正直脚はかなり限界がきていた。なのでさすがにやらせてもろてます。
この刺盛り、正直今年食べた料理ナンバーワンで確定だと思う。どれも脂が乗っていて食べ応えがありすぎる。貴重なクジラもあるのが良い。
中通島の芋焼酎、五島灘の白。適度な甘さで刺身によく合う味だった。
越鳥南枝というこれまた中通島の芋焼酎を水割りで頼んだら、サービスでなぜかロックで提供された。ありがたかったが芋のロックはさすがに強烈すぎてひたすら苦しめられることに…。
この日も〆に地獄炊きを食べる。卵があるのはどの店でも共通なのかな、相変わらず細麺で食べやすく、熱々なので疲れた体に染みわたる味。他の料理も抜群に旨く最高の店だった、ごちそうさまでした!
この日は港近くのビジネスホテル泊とし、文字通り泥のように就寝。
今回はここまで、次回に続きます!!
旅の始まりは珍しく自由が丘駅から。東急、西武線直通で走る特急があり、2時間で西武秩父駅にたどり着いた。(出発の2日前に知りました)
あの花とか懐かしすぎる…。とりあえずこの日は秩父山間部にある三峰神社へ向かうことに。バスは本数が多くないため注意。
西部秩父駅から満員の路線バスで終着の三峰神社に来た。所要時間は驚愕の80分、さすがに遠かった。
蕎麦を食べようとしたが売り切れだったのでうどん。シンプルながらのど越しが良く、あちい日に食べるには最高の食事。



こういう『本物』の神社訪問は久しぶりだった。とても荘厳で神聖な雰囲気。標高は1100メートルもあるため、秩父市街地より明らかに涼しかった。ただし当社比とする(30度は余裕で越えてます…)。

山と山、そして山。今年分の山パワー(そういうパワー)をもらえた気がする。
日本武尊の銅像、じゃあの。

塩キャラメルソフトで小休止、歩き回った身体に染みわたる。そして帰りのバスの待機列は50人くらいできていた。見送ってさらに1時間待つことも覚悟したが、まさかの後から来たバスとの2台体制で助かった。
三峰神社から乗車した路線バスは、実は秩父鉄道の終点、三峰口駅にも停車する。時間的にも余裕があるので降りてみた。


秘境駅というほどではないものの、典型的なローカル線の終点といった感じだった。ここから大都会熊谷駅まで一本で行けるのが驚きである。
秩父鉄道は時間帯によってはSLを走らせているようで、転車台もあった。 
年季が入った車両と行先標、乙なものです。
影森という駅で一度乗り継ぎ、御花畑駅で下車。西武秩父駅との乗換駅でもある。秩父駅前まで続いている番場通りという商店街沿いを歩いてみる。
(石川印刷、レトロ過ぎんだろ…)

スーパー、カフェ、立ち食いできる店、飲食店などもある。古さを残しつつモダンな店もありとても自分好みの場所だった。

何を隠そう作中登場した酒屋あさひや。アニメ君であることを極力隠しつつ地酒・秩父錦と武甲正宗を購入しておいた。(たぶん普通にバレてますよー)

番場通りを抜けると秩父神社に到着。地味に初めて来たが、市街地にあるとは思えない佇まいだった。

そして今回の宿はアパ。秩父駅の目の前という神立地になぜかカレーと歯ブラシを貰い8000円、安すぎてさすがに爆笑。
ホテルの真横にある郷土料理を提供している居酒屋。ウィートセゾン雪熊という秩父のクラフトビールは普通のビールよりも淡麗で飲みやすかった。作中にも登場していたね。
秩父名物、味噌ポテト。大学芋のような感覚でおやつにも食べられそう。
秩父名物わらじカツを武甲正宗の辛口本醸造で流し込む。じゃがりこのジャーマンポテト味っぽいジャンキーさだった。こういうのでいいんです。
漬物盛り合わせをポリポリ齧りつつ、秩父錦の本醸造辛口と秩父ハイボールで流し込みドカ飲み終了。郷土料理以外にもメニューが豊富なので、秩父再訪の際は絶対にまた来たい店だった。ごちそうさん!

小休止したあとはどうしても行きたかった場所へ。ここまほろバルは全国のクラフトビールを提供している専門店。作中同様、最悪酒で潰れてもゲストハウスが併設されているため問題なし(何が?)。ラストオーダー1時間前に行ったところCLOSEDとなっていたが、テイクアウトならOKという条件で入店できた。

えっ、これ全部ビール…!?
…などと意味不明な供述をしていると早速レッドエール紅熊Xが運ばれてきた。かなり独特な甘みがあり面白いテイストだった。
おー。ちなみに普通に店内で飲めたのは何だったんですかね…笑


ちなみにここは別日に訪れた。御花畑駅から2駅先なのに、一気に秘境チックな場所だなぁ。とりあえず鍾乳洞まで15分のハイキング。





(めちゃくちゃ蒸し暑い…。)
さすがに車の人が大半ですかね、意外と観光客が多いことに驚いた。


ジンラン、俺がいるぞー!



橋立堂という寺院と切り立った圧倒的な岩壁。これ紅葉の時期に来たら景観凄そうだな。


古民家をリノベーションしたようなカフェがあったので入店。
でけぇタワー状のかき氷を食べ進めると、そのままコーヒーを流して飲める。こういう場所で飲むのが一番旅情を感じるんだよなぁ。
ジンラン、俺がいるぞー!
長瀞も別日に訪問。ライン下りで有名な荒川を眺めに行く。


(めちゃくちゃ混んでるな…)

長瀞ってこんな一大観光地だったのか、この混雑は想定していなかった。また当日は35度くらいあったが、マイナスイオンのおかげか若干涼しさを感じた。


山間部で食べる蕎麦って何でこんなに美味しいんですかね。かき揚げはシンプルながらボリュームがあり、蕎麦との相性も抜群だった。昔ながらの店舗が立ち並ぶ乙な通りはもう少し散策したかったので、閑散期に再訪したいな。
最後に、西武秩父駅併設の温泉に入っていく(2回目)。そしてフードコートは席が空いておらず、ジェラートを体感38度の炎天下の中外で食べた。ジェラートくんも悲鳴上げてるで…
こ、これは…!
はい、現在上伊那ぼたんと絶賛コラボ中です。限定のグッズなんかも売っているそうなので是非行きましょう(ステマ)。
超広いくつろぎ処もある。1時間近く気絶していた。


ちなみにこれも別日だが、角打ちできるバーもある。ペールエール華熊、風呂上がりには最適だった。
最後にもう一度わらじカツを食べましょう。個人的にはやはり米と一緒に食べた方が満足度が高かった。またまたジェラートで火照った身体をリフレッシュ出来たら、フィニッシュです!
この日の石垣島の天気は曇り。空港の一番端っこにある搭乗口より与那国島行きの小型飛行機に乗る。
お久しぶりです。3年半ぶりに与那国島に上陸完了。天気は…前回同様に雨。

今回2泊したあびゃんというゲストハウス。ゆんたく用の泡盛や食材も常備されていた。この日は終日天気が悪く、雨が止むまで福島県からよく来ているというバックパッカーの方と話していた。

いやぁ懐かしい。前回泊まった民宿もすらがすぐ近くにあり、路線バスは相変わらず無料だった。前回は行けなかった比川という南部の集落に向かう。
少し周囲を散策してみる。やはり年季の入った建物が多い印象。
可愛い生き物を発見。
集落で唯一営業していた店で食べる本場の八重山そば。石垣島や波照間島で食べたのとは味付けが少し違い、魚介のような出汁が効いていた。豚も複数枚入っておりライスが欲しくなってくる。今回の旅行先で食べた料理ではベストじゃないかな。
比川集落の外れにある、ドラマDr.コトー診療所のロケ地となった場所。
入館料を払うと診察券タイプの入場券が出てきた。良いねぇ。




中は撮影で使われていたセットが恐らくそのまま残っていた。小学生の頃少しだけ見ていただけでほぼ記憶がないしもう一度見返したいなぁ…。ファンの人なら絶対に行くべきだろう。
目の前にはビーチが広がっている。島内のビーチの中で最もこじんまりとした場所だった。

さてここからは歩いて久部良集落まで戻る。バスは変則的なルートを通るためたぶん歩いた方が早そう。乗馬ができる施設もあった。

波照間島でも実っていたアダンを発見。
テキサスゲートを通過。ここを過ぎると野生の与那国馬が放牧されているゾーンに突入する。
おっ

ついに与那国馬が出現し始めた。相変わらず人慣れしているのか、こちらを気にせずトコトコ素通りしていった。

想像以上に与那国馬がそこら中にいて笑う。ちっこい仔馬もいて可愛いね。

立ったまま寝ている…だと!?いびきっぽい声も響いていた。
井戸端会議は与那国馬の中でもある模様。自然の動物園は最高の癒しとなった。
陸上自衛隊の駐屯地を通り抜けるといよいよ久部良集落は目と鼻の先。いつの間にか雨も降ってきた。
何かの気配を感じて振り返ると島民らしきランニングしている人がいて横転。雨の中よくやりますわ…。
6キロほどのウォーキングを終え久部良集落まで戻ってきた。意外なことに集落の方が風が強くすぐにずぶ濡れになった。なお馬をひたすら眺めていたおかげで全く疲労感はない模様。
最西端の郵便局。この辺りにある施設は基本全てが日本最西端となる。
いい感じにバスの時間が迫っていたためお次は島北東部の祖納集落へ。同じく久部良北でバスを待っていたところ、たまたま通りかかった元自衛隊員のおじいちゃんのトラックに乗せていただいた。現在はガソスタ店員だそうで、北海道生まれの青森→京都→沖縄と駐屯地に配属され、最終的に与那国島に行きつき移住したらしい。島の方は皆温かくて優しい方が多い。ありがとうございました!

整備されているがジャングルチックな遊歩道を歩く。


祖納集落を一望できる場所。断崖絶壁の中に洞窟があるような不思議な地形。


よくこんな不思議な地形になったなぁ。飲めるか不明だがキンキンに冷えた湧き水も出ていた。

ふらっと集落を散策してみる。前回も来たここナンタ浜は漂着物だらけだったが綺麗になっていた。





もう全てが懐かしい。祖納の町並みは良い意味で3年半前と何も変わっていなかった。
与那国町役場。鯉のぼりも泳いでいた。



3年半前にも来たまるてぃで夕食。というかこの日はまるてぃしか予約できなかったが、今回は名物のカジキ料理を注文できたのが良かった。普通に白身魚を食べているような味。
安定のもずく天、うまし。
以前も食べたソーメンチャンプルー。ここはツナがふんだんに入っていて和風パスタのような感覚で美味すぎる。そして与那国島の泡盛どなんは1杯400円という破格の安さだった。

翌朝は最西端の大朝商店(画像なし)で購入した惣菜。家庭的な優しい味で、このセットで350円くらいでさすがに横転した。すぐそばの漁港で食べられるのも乙なところ。
前日まで午前中は雨の予報だったのだが、オーナーに雨は降らないと断言されたのでチャリをレンタル完了。波照間島と同様、天気予報よりも現地の方に言われた方が信用できるんだよな。

以前は来れなかった場所。良い感じの写真になるかと思いきや、これで爆笑。

台湾見えてね!?
時計周りで一周しようとしていたが予定変更。最西端の西崎からいい景色見れそうだな。



日本最西端の地、西崎。以前は雨の中久部良集落からここまで歩いてきたが、電動自転車なら楽勝だった。

本当に台湾が見えててさすがに感動した。見える確率は年1%程度みたいなので本当にこの日は運が良かった。中央山脈という3000メートル級の山々っぽい。


3年半前の下振れはいったい何だったんだ…。与那国島でこんなにいい景色が見れるとは想定していなかったので、改めてこの島が大好きになった。




島南部は今日も与那国馬の群れが歩いていた。
おーい笑。
そして日差しがあるとめちゃくちゃ暑い…。道中比川集落の商店でポーク玉子おにぎりとアイスを買い小休止。
比川集落を抜けひたすら東に走っていく。建物や自販機は一切なく、一面林道のような道がひたすら続いた。
ひたすらの登り坂を耐え立神岩というスポットに来た。
デカい岩が反り立っている。この近辺には海底遺跡もあり、色々と謎が多そうな場所だった。
まだまだ島東部への道は果てしなさそうだ…。

さっきの立神岩を別角度で見れる場所。こっちから眺めると特徴的な形してはりますなぁ。
島最東端の東崎はもう目の前。あと少し頑張るか。



与那国島で最東端の場所、東崎。前回はこの辺りにも与那国馬がわんさかいたが今回は一匹だけだった。

大海原と草原が広がった開放的な岬で最高すぎる。前回は暴風だったが今回は穏やかだった。いつの間にかあの山を越えてきたのか…。
群れからはぐれちゃったのか一匹狼だった。元気でな。

オーナーから聞いたのだが、実は去年に子供が牛の角で貫かれて○んだという事故が起きたらしく、横切る時はかなりおっかなびっくりだった。
ヤギ発見。

アップダウンを繰り返し祖納集落近くまで戻ってきた。

墓石が並ぶ道を進むと四畳半ビーチにたどり着いた。泳げる場所はわずかしかないものの、与那国島の中では一番きれいなビーチだった。
ちまんま広場という小さな牧場があった。ニワトリもいればヤギもいる、そんなほのぼのとした場所だった。

一応断崖絶壁になっているのだがまさかの釣り人がいた。どうやってあそこまで行ったんだ…。
ここからも台湾の山々が見えていた。いつか行きたいなぁ…。

ここは与那国島の中で綺麗な景色とは裏腹に最も悲しい歴史がある。薩摩藩に統治されていた頃は重い人頭税が課せられ、税金を払えない島の妊婦を集めてこの割れ目を飛ばせていた。要するに税金を払えない妊婦を胎児もろとも強制的に自殺させた場所。想像しただけで血の気が失せてタマヒュンしてしまった。

一度宿に戻り、夕暮れ時に来るとすでに多くの人で賑わっていた。

ついに与那国島で拝めた念願の夕日は感動もの。完全に陽が沈んだ19時15分頃まで全員がずっと同じ方向を見ていて不思議な感覚だった。日本で最後に沈む夕日を最後までしっかりと見届けた。

与那国島最後の晩餐はまさかの貸し切りだった。久々に食べた紅イモコロッケ、量があり嬉しい。そして泡盛どなん。相変わらずうまい。
ボタンボウフウという薬草が入った泡盛、ミントのような独特な味がしてクセが強かった。あまり冒険はしない方がいいらしいね。
あざみ麺という与那国島の郷土料理。植物を練りこんでいるようで、焼うどんのような味で食べ応えがあった。
もずくとさんぴんハイで〆とするのも乙なものです。島での最後の食事はとても満足度が高かった。
昨夜は宿に帰宅後、ゆんたくに混ぜていただいた。徒歩で四国お遍路を成し遂げた人、オーストラリアでヒッチハイク旅をしていた人、奥さんに内緒で勝手に与那国島まで来てた人とかなりクセの強い人たちで良い思い出となった。
ばいばい与那国島!長いようであっという間の3日間だった。そして東崎、こうして見るとやっぱり断崖絶壁なんだな。
西表島上空を飛行中。こんな土地に人が住んでるのかぁ。
黒島、小浜島、竹富島といった八重山列島の島々はもはや別次元の海の青さだった。石垣空港着陸後、那覇空港とさらに乗り継ぎトータル7時間かけて無事羽田空港まで帰還。終盤は無事ケツが爆発した。
本来南大東島に行く日の飛行機は全便欠航だったが、翌日はちゃんと飛んで助かった。見えているのは先日行った久高島。


9時頃、ついに南大東島に到着。沖縄本島からは360キロ(だいたい東京から仙台くらいの距離)も離れているまさに絶海の孤島。自分以外にはめちゃくちゃ日焼けした野球部らしき学生たちと、釣り人が多かった。気温は最高でも25度くらいだったが、いかんせん直射日光が暑い、というか皮膚が痛い。
もともと宿泊予定だったホテルよしざとで自転車をレンタル完了。当日中に東京へ帰るので、観光できるのは那覇空港に戻る15時55分の便まで。自転車返却等を考慮すると実質5時間半くらいか。


早速走らせたが、正直言って集落を抜けると本当に何もない。サトウキビ畑だけが一面に広がり、ほのかに甘ったるい香りがムワァっと漂っていた。



標高は60メートルしかないが、集落~サトウキビ畑のある道のほとんどが平坦のため島全体を360度見渡せる。海が見えないのは周囲が断崖になっており、いわゆる盆地のような地形だから。冷静に考えてこんなとこに何しにきたのかとしばし自問自答していた。



ここは南大東島で泳げるプールという名のビーチ。しかし波が高すぎるため、泳げる日は限られているそう。普通に流されそうな勢いだが…。

引き続き走行開始。トラクターと田んぼの光景は地元に帰ってきたような懐かしさがある。
何とここ南大東島には、かつてサトウキビを運搬する鉄道が通っていたらしく驚愕。その名もシュガートレイン。最後に廃止されたのが1980年らしいので、まだ46年前のお話。

北部にある泳げる(ほんとか?)海岸。この辺りは南大東島の中では一番海が透き通っていた気がする。
奥に見えている陸地は北大東村。距離は10キロ程度しか離れていないが、船は週に1便しか出ておらず欠航率も高い模様。また日本一短い航路として有名だった南大東島⇔北大東島の飛行機は2024年に廃止となってしまった。こんなに近くなのにわざわざ那覇空港を経由とろくに移動できないのが歯痒いもの。



ここは巨大な一つの巨大な岩がバリっと真っ二つに割れた場所で、地殻変動により自然に形成された。そして南大東島自体、現在でも年間に最大7センチのペースで北東方向にバリバリ移動しているという。自然の凄さ、ここにあり。
どうやらまだ奥に進めそうだったが、電波は通じず一面に蜘蛛の巣が張り巡っていた。さすがにバリ怖いのでやめておいた。
那覇からフェリーで来る場合は15時間もかけてこの港に到着する。そして一眼の調子が悪いことに気づいて(左右上部が時折薄暗くなる)震えております…。

ちなみにあまりにも断崖絶壁すぎて着岸の際にタラップがかけられず、乗客はあのクレーンで吊るされて荷下ろしされるのがシュールすぎて笑う。
集落付近まで戻ってきたところ荘厳な神社を発見。沖縄では御嶽が信仰の文化のはず。どうやらここも玉置半右衛門率いる八丈島からの開拓者によって作られたそう。
沖縄で相撲の文化とかはあまり聞いたことがない。これも開拓者が持ち込んだ文化なんですかね。本土側の人間によって広まったらしき文化と沖縄の文化の違いが見れて面白い発見が多かった。

目当ての店がどこも閉まっていたので、昼食は通りかかったら営業していたこちらのお店で。沖縄そばはシンプルながらも、動き回った身体に染みわたる優しい味だった。
島西部にある小さな公園。
島を卒業した生徒たちの似顔絵と名前が刻まれており営みを感じた。ここで育っていった人も確かに存在するんだよなぁ。

この小さいスペースでは泳ぐこともできる(ほんとか?)。ただ相変わらず波はとんでもなく高い。
とにかく直射日光がキツい。外周道路上には自販機もなく、風が強くそこまで気温が高くないせいか、知らないうちに体力も減っているので相当気を付けた方がいい。帰宅後、時計焼けがとんでもないことになっていた。

市街地に戻ってきた。南大東島の人口は1200程度だが、村役場は立派な造り。
集落の近くには公園があり、辺りは池で囲まれていた。島のど真ん中付近には小さな池が密集しているのも不思議。
絶賛稼働中の巨大な製糖工場もあり、勤務中の島民をよく見かけた。
南大東空港まで送迎していただいたあとは那覇空港まで戻り、1時間の乗り継ぎでそのまま羽田空港まで帰還。だいぶ慌ただしい移動で後日ケツが筋肉痛になった。

羽田空港→那覇空港と乗り継ぎ久々の石垣空港にやってきた。路線バスに乗り込み石垣港フェリーターミナルへ向かう。
実は3年半前にもこの店に来ており、その時と同じく八重山そばとジューシーのセット。シンプルながら優しい味付けで沖縄そばとはまた違ったおいしさだった。

改めて石垣港に到着。相変わらず具志堅用高の像は光り輝いていた。ここからは八重山諸島のあらゆる離島までの船が出ているが、今回の目的地は一般人が立ち入れる日本で最南端の島、波照間島。
15時、ついに『ゲロ船』として名高い高速船ぱいじま2に乗船。波照間島は外洋にあるため、船の揺れが激しくなることで有名である。比較的揺れない真ん中辺りの座席を陣取り、揺れが強くなってからはひたすら目をつむっていた。揺れと言うよりほぼ回転しているような体感したことのない浮遊感だった。
100分ほどでついに波照間島に上陸!船に乗るのが怖くてなかなか来れなかったのでワクワク感が止まらない。
今回宿泊する畑の前というゲストハウス。どうやら去年の9月にオープンしたようでとても清潔だった。電動自転車も翌日帰りの便まで乗り放題2500円と、離島にしては破格の安さ。なおオーナーは埼玉から移住した方で色々と話を聞かせてくれた。娯楽と買い物事情が一番気になっていたが、特に島外に出る用事もなく、基本Amazonで済ませられるため不便はしていないとのことだった。
翌日は天気が崩れる予報だったので17時過ぎだが活動開始。波照間島は外周15キロ、人口は500人程度の島だがいかんせん道が入り組みすぎていて迷路のようだった。まずは最南端の碑まで向かう。
普通にニワトリが放し飼いされていて爆笑。他にもヤギと牛がやたら多く、普通に島民よりも多く見かけた。

それにしても集落を抜けた途端本当に何もない。自販機も全品売り切れでメンテとかはされていないのかな。
ちなみに波照間島のヤギはお祝い事があると刺身やヤギ汁として食べるらしい。なお宿のオーナーはかわいそうで殺せないそうです。
途中未舗装の砂利道を走り、気づいたらあっという間に着いてしまった。



開けた大地にはカラスが多く、石碑と東屋があるのみ。念願だった最南端の地はあっさりとした感じで閉幕となった。
畑しかない道をひたすら走り集落まで戻る。またヤギを発見。
(うまそうだな…)

ここで問題が発生。居酒屋は前日に連絡したもののどこも臨時休業かそもそも繋がらず、泣く泣く商店での惣菜飯にしようとしていたところ…。どうやらこの日は波照間島の旧西暦の祭りか何かがあったらしく、食料系は全て売り切れていた。おばちゃんに「島民の分だけで精一杯なんですけど」となぜかキレ気味に言われ泣いた。
波照間島唯一のホテル。当初ここに泊まろうか悩んだが、料金が高騰していたため断念。
集落を突っ切り、波照間島で一番人気のビーチにやってきた。さすがにここは観光客で大盛り上がりだったため最果て感はあまりなかった。
遠浅のビーチと白砂が延々と続いていて雅すぎる…。波も最果ての島とは思えないほど穏やかだった。ウミガメも時化にならない限り、潜れば普通に見えると聞いた。なお翌日他の宿泊者に聞いたところ、結局時化で見れなかった模様。
宿に帰還。商店で購入した精鋭で夕食とした。沖縄で飲むオリオンってなんでこんなに旨いんですかね。特にすることもなかったので22時には気絶していた。
夜中はとんでもない豪雨で何度か目覚めた。翌朝、宿で売っていた沖縄そばのカップ麺。まあ…65点。そして時化のため第二便の高速船は欠航が確定していたので、最終便で石垣島に帰ることにした。
朝方は天気が悪そうなので徒歩で近くを散歩していた。石垣で囲まれた古い民家が多々あり、沖縄本島から離れていてもやはり同じ県なんだなぁと実感。
島唯一かつ日本最西端の交番。こんなに小さい島でも事件とか起きるんですかね。
島によくいがちな可愛い生き物。かわいいね。
宿から歩いて5分の場所にある、波照間島でしか買えない泡波という泡盛を求め酒造所にやってきた。開店30分前だがすでに5人並んでおり、夕方にはすぐに完売するらしい。開店時には30人くらいの並びができていてさすがに驚いたが、無事泡波とロゴが入った限定のタンブラーを購入完了。これをアマゾンで買おうとすると4倍近い価格になっているので現地で買うのが一番かと。(なお交通費)


ここは琉球王朝時代の火番所、いわゆる見晴台である。360度一面畑しかない。
ゆったりした時間が流れていて良いですなぁ。



チャリに跨り本格的に活動開始。どうやらこのビーチはニシ浜から続いているようだった。降水確率は90%とかだったが、宿のオーナー曰くこの雲なら大丈夫と言っていた。晴れ間は見えないけど雨に降られないだけ良しとしよう。
やべー見た目の果物を発見。どうやらアダンらしく、ヤシガニが主食としているそう。
(意味ありげな謎の石碑)


ハマシタンという植物が生えているビーチ。基本的に見た目は他のビーチと大差ないが、ここだけは他に誰もいなかった。
足元に落ちているシャリシャリしたやつは全てサンゴの死骸。色んな形のサンゴがいるんだな。

早めのランチは脳死でソーキそばを注文。塩っ気が強く走り回った身体に染みわたる。軟骨はほろほろで骨まで食べつくせた。手ごろな価格でとても良い店だった。
昼食後は島北部を爆走。いきなり未舗装の道になった。


超狭い自然のカーテンを潜り抜けると、波照間島最北部のビーチに出てきた。快晴日には西表島も見えるそうだが、この日は運がなかったということで。
道中ピュリッツァー賞ヤギを発見。
島東部にある日本最南端の空港、波照間空港。一時休止となっていたが、現在は週3程度で石垣島から小型の飛行機が飛んでいる。空港と言うか見た目は完全に地方の駅だぞ…。
波照間空港から島の外周道路をひたすら爆走。途中、日本最南端の自販機があった。それとヤギは市街地よりも圧倒的に外周道路に多かった。

島南西部にある展望台。どこかコート盛に似た造りにも見える。

巨大な用水路がある展望台。島の規模のわりに全ての観光地に寄るとだいぶいい時間になった。そしてついに雨も降りだしてしまったため爆速で集落に帰還する。

ようやく集落まで戻ってきた。(唯一?の)土産屋でタオルと波照間島ステッカー類を購入。よく人に懐いている可愛い生き物もおった。
昼に食べた店が良かったのでまたまた来店。黒糖のかき氷で小休止、完全に整った。
港まで送迎していただき最終便で石垣島に戻る。最初は2泊しようか迷っていたが、1泊で正解だったかもしれない。天気もギリギリ耐えてくれて最高の島旅となった。ありがとう波照間島!
帰りの方が時間はかからず石垣島へ帰還。どうやら波照間島→石垣島の便は波が追い風となってくれるそうで揺れも行きほどではなかった。
ここも3年半前に来た店。そろそろ米が食べたくなってきたし定食スタイルで。豆腐チャンプルーうまし。
前回来た時はラフテー定食を食べたが、単品でも相変わらずの旨さ。そして石垣島の泡盛と言ったら請福と八重泉、うまし。
新島を早朝8時に出発する村営船に乗り込む。小さい船なだけあって揺れは相当なものだった。波照間島へのゲロ船旅が思いやられるなぁ…(GWに乗船済み(ネタバレ))。15分くらいで到着したのが唯一の救い。

(島唯一の信号)
港からの激坂を登り、集落にてレンタサイクルを確保完了。帰りの船便的に散策できるのは2時間程度しかない。とり急ぎ島一周を開始。
相変わらず道は整備されていて綺麗。ただ集落を抜けるとほとんどが急坂だった。

急ぎすぎてほぼマップを確認せず爆走していたが、ここは確か小の口公園とかいう公園を下った海岸だった気がする。新島とは違って荒々しい海岸。
新島、三宅島と御蔵島を一望できるとても荒々しい地形の展望台。カラスやカモメがやたら飛んでいたのが印象的だった。
水着着用必須の無料で入れる温泉。足湯もあり浸かろうか迷ったが、島民と思われるおばちゃんが500人くらいいた。さすがに気まずすぎたので早々に撤退…。

恐らく式根島で一番有名な観光地で、この下は天然の温泉となっている。調べたところ海水と源泉が混ざった適温の場所を探して入浴するらしい。なお今回は時間の都合上断念……。
獣道~薄暗い道をひたすら爆走。

駐車場から階段を上るとすぐに到着。新島と利島も見えており、ここから見る海は綺麗だった。

火山島と言うだけあり辺り一帯はゴツゴツしている。ここから他の展望台まで歩ける遊歩道も整備されており、いつかまた歩きに来たいなぁ。
シーズン中は観光客でごった返すらしい中の浦海水浴場。湾になっており波は穏やかだった。
なんかやけにカラスの声が響くと思ったらスピーカーのせいか…(違う)
港に下るまでの道、ここにもモヤイ像を発見。
超絶駆け足の式根島散策を終え、予定通り11時の村営船で新島へ戻る。さすがにあっという間だったな…。
新島に戻った後は市街地でランチ。まさかの北海道ラーメンが食べられる店があって驚いた。結局、運動後に摂取して一番美味い料理はラーメンなんだよな。
昨日に引き続き前忠商店で自転車をレンタルし、海岸を一望できる展望台まで向かう。しんどそうにひたすら登っていると、途中工事作業員の方に不思議そうな顔で二度見された。今日もお疲れ様です。
市街地からは永遠に激坂が続くが、交通量が皆無だったことが幸いだった。当然誰ともすれ違わず。


標高があるせいか植生も明らかに変わっていた。またこの辺りにある石というか岩は全てコーガ石。今でもこの場所で採掘が行われているのが本当に驚きである。
ようやく頂上に到着。モヤイ像と式根島、神津島が出迎えてくれた。
おお、相変わらず新島の海はめちゃくちゃ綺麗だな…。伊豆半島までばっちり見えている。
その辺に落ちているコーガ石を触ってみると軽石のような感じ。新島、もっと評価されるべきでは?
石山展望台を下り、分岐点から新島最南端方面の道へ。防衛省の研究施設があり、これ以降は進めないようだった。展望台と言うよりかは道の高台から景色と研究施設を眺める感じ。
帰りはひたすらダウンヒルで市街地まで戻ってきた。まました温泉に入ろうとしたら臨時休業、ほんまにありがとう!

市街地を走らせていると偶然立派な神社を発見。その名の通り13の神を祀っているそうでとても厳かな雰囲気だった。
とりあえず新島でやりたいことは全て達成できた。それでも時間が余った場合は、その辺の浜辺で『これ』をして島を肌で感じてください!!
夕食、50年以上の歴史がある老舗寿司屋に入店。なぜか喜界島の黒糖焼酎があったので懐かしみながら迷わず注文。
明日葉の天ぷらをちくわにぶち込んだ料理、ハーフサイズから注文できたのが嬉しい。塩気と明日葉の苦みが絶妙にマッチしていた。
メインディッシュの島寿司、歴代の旅先で食べてきた料理で一番良かったと断言してもいい。
もずくと新島の地酒(嶋自慢、羽伏浦)で整ったらフィニッシュです。しまぽ通貨もちょうど使い切ることができ最高の食事だった。また新島に来ることがあれば、この店は絶対に再訪したい。

翌朝、宿のオーナーに送迎していただきしばし港付近をぶらつく。この海も見納めか…。


ばいばい新島、天気にも恵まれた最高の旅行になった。

東京湾に突入するまで完全に爆睡していた。新島と式根島の旅はこれにて終了!

前泊という形で那覇空港併設の店で食事をし、宿は那覇空港→ゆいレールで旭橋駅→徒歩5分のカプセルホテルで。サウナで整い泥のように就寝。


と言うことで急遽予定を変更。沖縄のバス路線の予備知識は皆無だったが、とりあえず那覇バスターミナルから南城市の斎場御嶽入口で下車。斎場御嶽は世界遺産にも登録されている、琉球王国時代の『聖域』である。…しかし今回ここには行かない。(え?)
はい、ここ南城市は白い砂のアクアトープの『聖地』でしてぇ!…まあ斎場御嶽は修学旅行で行ったからね…。今回はあまりそういう気分でもなかったのが本音。
この裏に南城市街地を一望できるスポットがあるらしい。ずぶ濡れ必至だが賭けてみるか…。
一興一興、知念の絶景が心の目で見えた。そんですぐにバス乗り場へ戻る。どうやら午後から晴れるようなので、近くの安座間港という乗り場から船で行ける久高島に行くことにした。
バスで5分足らず、一瞬で港に着いた。ひとまず船の時間を一本遅らせて昼食を食べていくか。
おーい。何のために船を見送ったんだ…。次の船まで90分待ちが確定した。
売店で購入したじゅーしーおにぎりとポーク玉子を船の待合所でかっ込む。フェリーは家族経営なのか、受付の人が子供とバリバリのうちなーぐちで会話していた。沖縄県民同士の生の会話を初めて聞いたので新鮮だった。
さっきまでの豪雨はどこにいったのか、昼過ぎには本当に晴れ間が見えてきた。

この建物、がまがま水族館の跡地のモデルっぽい。まさかアクアトープの聖地巡礼をするとは思いもしなかったので、適当に散策しただけなのが悔やまれる。また今度くるか…。
おー。わりとしっかり再現されているんだな。
なんかところどころ写真データ消えてるんだよなぁ…。港を出てすぐのところにある施設でレンタサイクルを借りた。外周10キロもない小さな島なので2時間もあればサクッと回れそう。道はダートが多めで水たまりもできていた。




島一周途中、東部にあるイシキ浜、シマーシ浜、ウパーマ浜というビーチに立ち寄った。どれも同じような景色でふかふかの白砂だった。

道中、めちゃくちゃでかいガジュマルの木を発見。生命力に満ち溢れていた。
ハビャーンとも言われる久高島最北端に到着。たぶん自転車に跨ってから30分くらいしか経っていないと思う。それくらいコンパクトな島。

沖縄本島も見えている。少しだけ整備されているが自然がそのまま残った状態の場所。他の観光客も色々わきまえているのか、静かに散策していた。沖縄なのにある意味沖縄らしくない、そんな不思議な場所だった。

来た道をそのまま引き返すのは味気ないので、島西部の小道を進んでいると東屋が出てきた。東部とは違い海は驚くほど透き通っていた。

途中、ハタスという謎の場所に到着。どうやら「畑」の意味らしく、現在でも神事に使う麦の栽培がされている。こういう一見何ともない場所が、実は大切な場所というパターンが久高島には多かった。
かつての城跡がある場所のようだが、特に何もなかった。景色が抜群に綺麗。
この後ろにヤグルガーという井戸があった。かつて儀式が行われていた場所でもあり、そもそもここに立ち入ることがあまりよろしくないという情報も見かけた。そして天気はすっかり快晴で沖縄の本気の海を見れた。飛行機の欠航で愕然としていたが怪我の功名とはまさにこれ。
集落まで戻っている途中、明らかに異質な看板を見つけた。ここまでの注意喚起がされていると、過去に何かあったのか勘ぐってしまう。
芽生え。



集落に戻ってきた。この辺りはThe沖縄と言うような石垣で囲まれた民家が形成されていた。

島によくいがちなかわいい生き物は至る所にいた。野良なんですかね。


とても立派な小中学校。ちなみに久高島の人口は220人程度、そのうち生徒数は30人ほどらしい。
自転車を返却し帰りの船に乗り込む。民宿もちらほら見かけたので、この島で一泊する旅行もなかなか味がありそう。完全にアドリブでの行動だったが無事晴れてくれて濃厚な観光ができた。久高島、ありがとうございました─────。
安座間港からバスを乗り継ぎ那覇バスターミナルまで戻ってきた。そこから徒歩5分のビジホというかウィークリーマンションタイプの宿にチェックイン。洗濯機乾燥機無料で一泊7000円は価格帯バグってるな…。


夕食、雑居ビル内にある居酒屋で。疲れ切った身体にオリオンビールが染みわたる。とりあえずふーチャンプルーと刺し盛りを注文。本場で食べる沖縄料理はどれも旨すぎる。泡盛は島唄、夢航海、久米仙を注文した。
九十九里の地酒、梅一輪があり驚いた。そして大将、かつて東京での修業時代に、現在自分が住んでいるエリア近辺で下宿していたらしくて爆笑。
また大東島旅行は雨が降るとほぼ運ゲーになるとのことだった。外洋のため風が強く、行けたはいいが翌日の飛行機が欠航で帰って来れなくなるのが一番最悪のパターン。他にも宮古島のオトーリ文化や多良間島と与論島には行くべきなど、参考になる情報を教えてもらった。